広島より松山砥部町へ

梅雨の長雨前のことですが、広島市を訪れました。
今の今になってしまいましたが原爆ドームや平和の灯(ともしび)をみることができて、本当によかったです。
毎年8月6日の朝、TVでみることしかなかった場所。原爆ドームのほぼ真上で爆発したこと、平和の灯は地球上から核兵器がなくなる日まで灯そうということ、、、知らなかったことばかり。
平和の灯の石碑に刻まれた「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」。何度もみていたのに目の前にすると、当時の人々の言葉は私の言葉でもあるんだな、とハッとました。

折しも戦後70年をむかえた今年。
各国から今になって出てきた映像や証言、歳月があって語ることができることもあり、、、
私たちが知ることができ、知らなければならないこと。
安保法案について揺れ動く今、平和を望まぬ者はいませんが友人とのなかでも意見は様々です。
争うことほど悲しいことはありません。
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広島市というと原爆の話しになってしまったのですが、カープファンの熱い熱い姿や広電の雰囲気もいいです!
さてさてフェリーで広島港から呉経由で愛媛県松山市へ。
寄港した呉は、造船所や製鉄所など見応えのある一帯。
瀬戸内海は恵まれたところです。海に山に無数の島々。

砥部焼の里にも寄ることができました。松山市から山間部へバスで30〜40分でしょうか。
今では100近くの窯元さんがいらっしゃるそうです。
残念ながら私自身砥部焼をみる機会が少なかったです。窯元さんも限られていたように思います。
平安時代より一帯は砥石の産地として知られ、陶器もつくられていたとのこと。江戸時代に藩は、砥石が磁器の材料になることを知り磁器づくりがはじめられたそうです。
砥部焼はとても堅牢で、船内で使われるうつわも多かったそうなので、倒れずらい形や玉ふちなどの特徴があります。
またすっきりした染付け絵つけも印象的です。

そんな砥部焼の中で、登り窯を復活させたもぐらの窯という名前で活動されている方々がいらっしゃいます。
登り窯で磁器をつくるのには、また大変なのではないかと思うのですが・・・
ウメノ青興陶園さんの2階でみられます〜

 

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→ 標 しもと 

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