たまに思うこと

当店で主に扱っているような民藝品工芸品あるいは伝統工芸品といわれる品々は、危機的で先細りだといわれ続けてきた。そうした記事を読んでは皆がそういうのだからそうなんだろうなと。
店を始めて数年、作っている側のこと購入し使う側のことまた生活者として考える時間は増えました。
50年先を思うと、今より担い手や生産する場、道具を作る方々も少なくなっているだろうし進行形。
けれどいい品を作りたいと新しい担い手も間違えなく生まれるし、何とかつながっている図も浮かぶ。
100年後となると遠い目をしてしまうけれど、今を重ねていくことしかなさそうです。
自分も周りもいなくなる時のことを心配しても確かに仕方がないのだけれど。


欧州や米国ではやきものなど、クラフトフェアやアートギャラリーで展開されることは多いと思う。
いろいろな会があるけれど、作り手個々の活動や存在意義について理解のある主催者の元で、購入者もまた来場者の多くも同じ考えを理解しているようにみえる。
それはそれでとても大切で、作家性を尊重しきちんとした提示の仕方を展開しており豊かな場が作られている。
かえって日本より広く気軽に絵画などの作品は販売の機会を得ているのではないだろうか。


そうした場以外に目に触れる場があるかといえば少ないのではないか、一部なりある一定の人々が知るところになっているのかなと思う。
日本では同じには語れないけれど、まだもう少しまぎれる余地が残っているならいいなと思う。
他のアジアの国々でも、気づいたらお土産品や国内外の富裕層向けのものだけとならずにいいものを残していけないのだろうか。
必要だから使ってみたいから贈り物にしたいからとふらっと寄れるようなところ。
もっといろいろなところにあったらいいのに、どうぞ多くの方へと思う。
一人に一つ、一家に一つでもこうしたものが行き渡っていったなら。

考えに縛られていては楽しくない。
どこかで何かいいなと思うもの、なるべくみて触れる機会を多くできたなら。
今できることはこれしかないので、もう少しだけ門戸を開いていようと思っています。

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