伊賀焼 ごまいり器

伊賀焼の殿白窯さんから、ごまいり器が届きました。

こちらの窯元さんは様々な焼きものをつくっておられますが、中でも丸柱で焼かれたきた土瓶が少しずつ消えて行く中、カタチのきちっとした土瓶をつくっていらっしゃいました。
「もうこういった土瓶は、つくるのに大変な割に売れないねえ〜」とのこと。
もともとは、薬土瓶として煎じるように直火にかけられるものでしたが、こちらは直火にはかけられず形だけが残っています。
青磁釉は、かなり以前につくられたもので、もうつくっていないんだとか。
古い急須がまたとっても素敵だったので、つくって頂けないかお願いしている所です・・・
口と蓋に丸柱の特徴があります。

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それからごまいり器、こちらも本当に以前から丸柱ではよくつくっているそうで、この素朴な風貌?がいいと思います。
別名、焙烙(ほうろく、ほうらく)と呼ばれたりしますね。
焙烙は、他にも焙烙焼き(丸みのある皿状の焼きものを、二枚重ねてその中に材料を入れて蒸し焼きにする調理方法)に使われる皿状の焼きもののことを指したりします。
余談ですが、私がなじみがあるのはどちらかと言えば柳川鍋(どじょうとささがきごぼうの卵とじ)の方です。焙烙焼きは高級日本料理向き、、、こちらも焙烙の一つだと思いますが上部には釉薬がかかっています。
持ち手があるわけではないので家庭向きではないかもしれませんが、調理したものをちょっと温めて出すと冷めにくいですし、雰囲気もいいですよ。最近は居酒屋さんなどで煮込みを出したりでおなじみかもしれませんね。以外と地中海料理っぽいものにも合う気がします。
いずれも、直火で使われることが前提です。
今でこそ遠赤外線効果?とかいろいろ言われますが、土もので調理するとおいしくなるのは、昔ながらの知恵ですね。

話を戻しまして、ごまいり器の口の部分に黒く線のようなものがあるのですが、こちらで「火だすき」と呼ばれる技法。元々は備前焼で焼く際に使われた藁が自然に焼きものについた様子を指すそうです。こちらでは藁に塩をまぶして焼きものの上においておくと、このように一筆描いたようになるそうです。土鍋などにも施すことがあるそう。
素焼きと本焼きで二度焼いているとのこと。通常の土より荒めのものを使っているそうです。
釉薬のかかっていないタイプ。
ごまいり器もいろいろあると思いますが、本当に素朴です。

なかなか時間に余裕がないと難しいと思いますが、一度おいしさを知ってしまうと手放せない方が多いと思います。
お試しあれ〜

ー 使い方 ー
口から材料を入れ、直火にかけます。

ごまをはじめ、お茶やコーヒー、あられや銀杏など。
少し湿気が含んでしまったモノにはいいですよ。
ただ、釉薬がかかっているわけではないので、次に使う時に変な味にならないように気をつけて下さいね。、、、
(よく乾いた状態で使わないとうまくいかない可能性も。できるだけ洗わない方がいいと思います。)

揺すりながら、炒って下さいね。
短時間で高温になりますので、炒り過ぎに注意!
出す時は、把手の方から!
 

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伊賀丸柱 長谷製陶さん

私が訪れたときは、長谷(ながたに)製陶さん主催の陶器まつり!
長谷陶苑さんといえば、”iga-mono” で知られているかもしれないですね。
伊賀者=といえば、伊賀の忍者のことでもあるそうですので、その辺もかけているのかな?
とても大きな製造元です。

今回仕入れ先としてということではないのですが、行ってみて驚いたのが丸柱の長谷製陶さんは、焼きもののちょっとしたテーマパーク???といった雰囲気だったからです!
伊賀上野から、ひと山登りきりまだ急な下りがあるというのに、一帯にいくつもの作業工房や倉庫、斜面を利用しての登り窯や販売所やギャラリー、ご当主のお屋敷まで公開!

つくられているものは、代表となる数々の和から洋までの土鍋をはじめ、陶板や食器、屋外用の陶製家具などなど、型ものあり手びねりあり、また地元伊賀焼の作家さんの作品が並ぶ和の建築を利用した展示室、ちょっとした資料室もあり、ご当主がつくられた作品を手入れされたお庭から入り眺めたり、登り窯で焼いているものもあり、大正期でしょうか洋館はカフェになっていたり・・・
ようするに!誰が行っても何かしら見たい手に取りたいものがあるという!
これだけ公開するのは5月のときだけかもしれませんが、一つの製造先でこれだけやられるのは、珍しいのではないかなと思ってご紹介いたしました。
地元との風通しがとってもよい!そんな感じがいたしました〜

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伊賀丸柱を訪ねて

三重県上野城のある上野の町は、大阪と京都へわかれる路と、東海道との分岐点でもある伊賀街道のなごりが、まだまだ町並みに残ります。お醤油、玉みそ、履物やに麹やなど今も商家として健在です。
伊賀モノといえば、忍者・・・ということで、この時はちょうど街中が忍者フェスの装い!
皆さん忍者の格好でお出迎えでした。

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伊賀焼の中心である丸柱は、市内から北に15キロ程。
三田の山や峠と地元の方が呼ぶような、山道を一気にあがったその奥です。とても外からは町があるようには思えません。かつては、この山道を下り(さらに登り?)釜飯用の釜を木曽の方まで売りにいったそうです。
今は、京都や奈良が近いこともあり、業者さんも入ってきているようです。
丸柱から、伊賀焼の窯元さんは周囲の地区に広がっていらっしゃいます。
おそらく伊賀焼はいくつもの土や粘土を混ぜるため、適した土はかなり広い範囲で採れるためかと思われます。
また伊賀焼の古陶は、背中合わせの滋賀県信楽焼と区別がないもので、同じ土を使って一帯でつくっていたものです。

ちょうど水田の田植えの準備の時分でした。
峠を上がりきると、かなりなだらかな風景が広がります。
茶陶として今も愛される伊賀焼ですが、同時に土瓶や土鍋、行平などといった火に直接かけて使用できるものを、多くつくってきました。伊賀の土は、直火で使用するものに適しているのでしょう。
家庭にガスが入りアルミやステンレスのなどの金属製の鍋などが広まる前のことです。この流れは、もちろん伊賀だけのことではありません。

今これからどんなものが、残ってゆくのか・・・いろいろと難しい面を考えるとキリがありません。
お茶事の中で使われていくもの、旅館や飲食店などで使われるもの、鑑賞用の作品として、伝統工芸として、民芸として、家庭用のうつわとしての切り口。それから業務用の管や水回りの製品、建材もあります。
裏を返せば、焼きものはこれだけの幅があるということでもあります。

波佐見焼の窯元さんのお話で、流行の影で偏りすぎることなく、(時代や流行が)どう転んでもいいように技術だけは、細々とでも残しておかないと、、、残しておけば次の波が来た時もなんとか対応できるからね。とおっしゃっていたのを思い出します。
また、技術は人の中に眠るものなので人が続いていくこと大切さ、あとは土さえあれば!
焼きものの産地をいくつか廻っただけですが、生意気なりにも思うことがあって、窯元さんの言葉は本当にそうだなあと感じているところです。

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